投稿者/沖田 鎬


噂話は語られることで真実になると誰かが云ったのが気にかかる。本当に、噂は語られることで真実になるのだろうか?本題に入ろう。あれは、私が小学6年生の夏だったと思う。
私は怖い話を聞いた。所謂、「テケテケ」と云う奴だ。聞くと3日後に来ると云う…一応その手の能力は持っていて見えることは見える。だが、噂で聞いた話が現実 になると云う類は信じていなかった。何故か?それまで見たことが無かったからである。(霊感のある友人はいたが、その中にもいなかったのだ)私は 現実的な方だ。
そういうものも、見えるから知っていると云うだけで殊更怖くも無い。それは「そこに在る」 ものだから。私にしてみれば、見えた見えないで騒ぐ友人達の方が不思議であった。まぁそんな私も、聞いた当日は怖くて(内容がスプラッタだし…スプラッタは駄目なのだ・情けない)何 となく持っていた水晶のペンダントを枕元に置いて寝た。夏の寝苦しい夜。
エアコンの音だけが響く寝室は、母と2人。父は夜勤でいない。…平屋一階建ての6 畳間に2人並んで布団を敷いている。ふすまで仕切られた隣(実際には頭の上)は4畳間(居間)で普段 は父が寝ているが、今は誰もいない。四畳間から見て右手には窓。夜は雨戸を閉めてある。六畳間の部 屋の線をなぞるように置かれた木造の台に置かれた17インチのテレビの横は、外へ続く硝子戸。上半分は普通の硝子窓、下半分は曇り硝子だ。外と云うのは厳密に違う。物置、と云った方がいいのかも知れない。何にしろ、狭い我が家。誰が入ってきてもすぐに気付く。なんで気付いたのかは知らない。まぁその夜も何となくだ。今までにもそういうものに夜遭ったことは多 かった。…夜中ふと前触れも無く目が醒めるのはいけない。暑くて目が醒めたんだと、思いたかった。(こーいう時はマシなことが無い。寝よう) そう、寝られる筈だった。その音が聞こえなければ。「かり」 (…かり?) 私は頭の中でその音を繰り返した。かり?因みにうちは猫を数匹飼っていた。雨戸を猫がひっかくこと は、余り無いかも知れないが有り得ることだ。だが、私の手はじっとりと湿っていた。冷や汗。マズイ。(冗談だろ、おい!) 冷や汗が出るなんて。古今東西経験したものでは無い。本気でマズイと、私の能力――霊感と云う奴か?――が語っていた。 かりかりかり…がり、がりがりがり音が重くなった。力を込めたように。その音は、段々移動していっている。何処へ? (…前!) 雨戸をゆっくり、ひっかきながら移動する。新しい泥棒の類か?ならどれだけいいことか!ふすまをあけなければいけないと思った。開けて、向こうの部屋の電気をつけなければ。そういう類のものが、闇を好むのも始終承知。電気さえつけてしまえば、後はなんとかなる。頭上にそびえるふすまの取っ手が、果てしなく遠い――起き上がれもしない。所謂、金縛り?なんだろう か。 がりがり…がり、ずる・・ひっかく音に引きずるような音が混ざり始めて、そこで相手の正体を悟った。(…マジ?!) テケテケ?冗談だろ。あれは噂!マズイ、まずすぎる。かなり気が動転し始めた。私は必死で隣に寝て いる母に呼びかけた。「お母さんっおきてよ!」…起きない。母は1度寝ると朝まで滅多に起きない。…トイレ以外。「起きろ―――っ!」 かなり必死であった。…あれ?ひっかく音がしない。
息を吐く。なんだ。いなく… …ずる。「…は?」 ずる、ずる…ずる音がした。場所を考える。冗談じゃない! 頭の上?ふすまの向こう側!シャレにならない。これはマズイ。私は金縛りを跳ね除け(人間危険を察知 すると強いのだ)枕もとの水晶を引っつかんで、起き上がった。電気のスイッチに手を伸ばす。ずる…ずるぅ…ずるぅ… 引きずる音の余韻が長くなった。音から察するに、ジグザクに部屋の中を蠢いているようだ。スイッチをつける。ぱ、……ぱぱぱっ、と数秒置いて灯りがついた。そのまま隣の母を叩き起こす。「おかあさんっ!」 「…な、なに…?」寝ぼけ眼の母を置いて、私はふすまの取っ手に手をかける。…音はやんでいた。「…ちょっと、隣の部屋見てきていい?」母は何も云わなかった。というより、何が起きたのか母にはわからないだろう。カンは鋭いが、母にはそ ういうものは見え無かった。ふすまの取っ手を開ける時、冷や汗と共にひとつの意志を明確にした。つまり、 (追い出す!) こと。怖がって対処してはいけないことも随時承知。こと、強い霊ならそれは命取りになるであろう。自分の心臓が鳴る、その音を聞いたのなぞ今だかつて無い。ふすまを開ける!がらっ・・数秒の沈黙、私の前にはただいつもとかわりない部屋の光景が広がっていた。何もいない、何のあとも無い。私は無言で電気のスイッチに手を伸ばした。引っ張る。ぱ、…ぱぱっ。呆気ない程カンタンに、電気はつき、静寂なるその部屋を照らし出した。「……」何もいない。 ゆっくりと――まだ背筋が凍りついたように動かなかった。――部屋を見まわす。ブラウンの台の上に乗っ たテレビ。ブラウンのテーブル。褪せた色をした畳。それらには何も…「…」褪せた畳の上には、ひっかいたような跡が残っていた。気の所為だろう。目を離し、カーテンのひかれた硝子窓へ目を移す。テレビの横の物置へ続くそれ。「なに?何かいたの?」と母は聞いてきた。しかし母も信じてはいないので、多分ねこかなんかだと思ったのだろう。…うちは外で飼っているので滅多に入りこめないが。「…ううん…、何、も」 声が震えたのを自覚する。カーテンは薄い白のレース。尤も、汚れて黒ずんでいる――その向こうに影を見た気がした。歩み寄る。カーテンをそろそろと開けた。「…っ!!」 悲鳴を上げなかったのは曇り硝子のお陰だろう。その影は、セーラー服を着た少女に見えた。…上半身だけの。それから2日は戦いだった。実を云うと、どうやって過ごしたのか記憶が朧げでよくわからない。ただ、四畳間には電気をつけ、水晶と盛り塩をした憶えがある。枕元には水晶。 かり。かりがりがりがり… ひっかく音はゆっくりと前へ移動していく。入らせたら…、今度は退かせる自信が無かった。ただ強く、布団の中で念じていた。(来るな!来るなっ!来るな来るな来るな来るな―――!)やがて意識の白ずむ内に、音は遠くなり去っていく。 その翌晩も。 深夜を過ぎたか?再度夜中に目を覚ました。あの音で。 かり…かりかりかり… (まだ…?噂って…) そう、1度――1度?来たら?足を切り取って帰っていく、そんな終りでは無かったか。 もしかして、 (噂通りに終われないから…?!) かも知れない。ただ、この夜は諦めたか盛り塩と水晶に負けたか2,3時間程続いて音は去っていっ た。それを最後に、音は2度としなかった。今も。してはいない。だが、夏の夜は時々思い出して怖くなる。もしあの時、金縛りを跳ね除けなければ私はどうなっていたのか。水晶を持っていなければ若しくは。 ころされていたかもしれない。そういうものが、物理的にひとを殺せるのかは私にはわからない。あの噂の真偽もわからない。ただ、真実がひとつある。それはあの音。ひっかく音。影。私の見たもの。私の感じた恐怖。そういえばこの話は余りひとにしていない。体験談はよく語るが、この話は本気で怖かったので封印していた。…待てよ。元の話がひとにそれを呼ぶのであれば、私のこの話は…?まさかな。一抹の不安。 願わくば、何も起きないことを祈りたい。

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