朝の悪夢
投稿者/桐崎永久


お久しぶりです。以前「蠢く闇」などを投稿させていただいた桐崎永久です。今回は今朝体験したばかりの、季節外れの怪談をお届けいたします。背筋よりも、外の気温の方が寒いかも知れませんが・・・少し長くなりますので、一度背伸びをしてから読まれることをお勧めします。夢を、見ました。おかしな夢です。夢は良く見ます。しかし大抵はモノトーンで、しかも目覚めて覚えていることは殆ど無く断片的なシーンの記憶が一つ二つ、なんの脈絡もなく脳にこびり付いているだけです。それも、通勤電車の中では既に忘れています。ところが、今回は違いました。 珍しくフルカラー、しかも中身の大筋まで覚えているのです。 そして私には、「これは夢だな」という認識すらありました。そう、とても変な夢だったのです・・・私は道を歩いていました。最近購入した赤いブーツカットのパンツ、中に何を着ていたかは覚えていませんがジャンパーはいつもこの季節に着る紺色。片耳で今時レトロ(と友人に云われました)なカセットウォークマンを聴きながらポケットに両手とも突っ込んで。大通り沿い。薄い臙脂のレンガで舗装されたその道は、普段良く通る通勤路。何ら風景に変わりはなく、ただ頭にあったのは自分がこれから仕事に行くこと、これは夢であること、珍しく色が付いていること。『天気は曇り。風は冷たい。夢なのに、おかしいなァ』 そんな事を思いながら、歩いていました。と、唐突に、一人の女性とすれ違いました。肩より少し長い黒髪、灰色のロングコートを着た、自分と同年代位の、ごく普通の女性。何故か、すれ違うその瞬間に、私は違和感を覚え・・・振り向きました。女性の手には小さなナイフが握られ、こちらに向けて構えている。不思議と驚くことはなくむしろ冷静に 『私、何か恨まれることしたのかな?』 夢の中の胡乱な頭で思いながら手はその女性の手をナイフごと押し止め、開かれた私の口は、女性にこう告げたのです。「後ろから刺されるのは御免だな」 至って冷静です。心の中では自分に苦笑していました。するとその女性は、驚いたような、困ったような作りかけの泣き笑いの顔を作り、手の力を抜きました。そして、私の手に、乱雑に折り畳まれたメモ用紙と畳んだナイフを握らせ・・・・・そして、立ち去りました。『変な人。なんだろうなァ』 大して気にもせず、私は再び歩き出し歩きながら渡されたメモ用紙を開きました。そこには不規則な折り目とは対照的に、丁寧な文字で何か書かれていました。 それを読んで・・・私は愕然としました。その文面だけ記憶が薄く、良く覚えてはいないのですが。大体の内容はこうです。 『迷ったけれど、やっぱり書くのはやめます。あなたの迷惑になりたくない。あなたに、会えて良かった。』訳が分かりません。私はその女性となんの面識もなく、名前を知らないどころか顔を見たのも初めてだったのです。それなのに・・・・何でしょうね。嫌な予感がしたんです。私は会社の目の前まで来ていた足を止め、Uターンしました。手には折り畳まれた小さなナイフと感情に委せてくしゃくしゃに丸めてしまったメモ用紙を握り締めて。果たして、予感は的中したようです。女性とすれ違った場所・・・・何の変哲もない歩道。 脇道が延びている地点に真 っ 赤 な 血 溜 ま り良く刑事ドラマで見るような白い人型の線や鑑識の為の札など無く元より警察の車も救急車も、あろう事か女性の死体すら無く。ただ、血溜まりだけがありました。叫びました。「何なんだよこれは!!ふざけるなっ!!」そうです。頭に来ました。 一体何だというのでしょう?託されたナイフとメモは一体何だったのでしょう?そもそも、何故この女性は私に向けてナイフを構えていたのか!全てが分かりませんでした。血溜まりに突っ伏すようにして繰り返しました。ふざけるな。一体何だこれは。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!そこで、目が覚めました。これだけなら、ただの《変な夢》で終わりです。何も気にせず、私は朝の食卓で、母に夢のことを大まかに話しました。すると、母は苦笑してこう云いました。「それ、あの事故を聞いて気にしてたんじゃないの?」 あの事故?何だそれ。「違うの?」 どうも昨日の朝なのか、前日なのか。その通勤路で事故があったようなのです。丁度近くを通りかかった母は、警察の車両が流す、目撃者を求める放送を聞いたというのです。ただ、詳細は分からないそうで、事故にあって怪我をしたのか入院してしまったのか、亡くなってしまったのか。ましてや性別も年齢も、何一つ母は知らないそうなのです。 えーと、その時間帯って・・・思いっきりその道、通ってるんだけど?ウォークマン最大ボリュームだから、他の音なんて聞こえないけど?全てが謎です。そこで実際にあった事故で亡くなった女性が、偶々私にくっついてきてしまったのか。それとも、何の関係もないただの凶夢なのか。ただ云えるのは。その夢の中で、血溜まりの赤い色と、女性の姿と。そして手に握ったナイフと紙切れの感触。冬の舗装路の冷たさ。それら全てが夢であるにも関わらず、未だ以てはっきりと覚えていると云うことです。

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